記事一覧

長命寺川

浅小井町を通過した長命寺川は、水郷地帯を経て琵琶湖へつながります。5月には蛍も飛び交います。
ファイル 13-1.jpg

安土山 安土城跡

ファイル 10-1.jpg JR安土駅の北東、標高199mの安土山一帯にある織田信長(1534-82)の居城跡。国指定の特別史跡です。わが国最初の本格的な天主の建築は、この安土城が始まりとされ、歴史上に名を残す名城跡です。現在、平成元年より20年計画で学術調査と整備事業が行われています。

八幡堀・水郷

ファイル 9-1.jpg近江八幡市は滋賀県中央部の平野に位置し、市域の北東部に広がる西の湖は、ヨシ原特有の湿地生態系を示しています。近江八幡市の周辺は古くから琵琶湖の東西交通を支えた拠点の一つとして栄え、天正13年(西暦1585年)には豊臣秀次が八幡山城の麓に城下町を開き、西の湖を経て琵琶湖に至る八幡堀を開削した。楽市楽座などの自由な商工業政策が行われ、八幡堀沿いの街は廃城以後も在郷町として発達しました。八幡堀沿いの街は舟運で結びついて旧城下町と一体的に展開し、現在の市街地の骨格となりました。
水郷巡りも最近では、環境保全と静音化の施されたソーラー和船も使われています。

北浜地蔵尊

ファイル 8-1.jpg浅小井農園より300mほどのところにあります。当初は室町時代後期、1501年当地の将士深尾加賀守元範によって、水城(武双山湖月城)が築城され、大手門、表門に隣接する前堀にして一之舟入として当時は軍船が繋留それていたものと思われる所であります。安土桃山時代、1595年豊臣秀吉により廃城となり当地の住民は河川の導入と新田開発を行い城域内に居住を移す様になりました。江戸時代始め小堀氏の領有する所であったが後、1745年三枝氏領となり伊庭村陣屋支配いよる布令・布達応答用の御用船を始め、商用船、丸子船、田舟、漁舟等の舟溜りとして壮観を極めたが、水運の衰退と環境の変化により現在の姿になったが、舟航の節はこの地蔵尊に湖上の安全水防災除の祈念を込めて舟出したものであります。とあります。

あさごい湧水群

近江八幡市内からやや離れた集落浅小井地区にはいくつかの湧水があります。自噴井戸あり、自然湧水など5箇所の湧水があり、湧水の里として整備されています。六郷湧水群を思わせる湧水の里の風情があります。

浅小井農園で栽培に使用する水もこのわき水を使っています。
ファイル 7-1.jpg
ファイル 7-2.jpg
ファイル 7-3.jpg
ファイル 7-4.jpg

ページ移動

  • 前のページ
  • 次のページ